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関生ヒューマンスポット㊶

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 ●播但ブロック●

私の組合との出会いは、2002年5月25日です。

当時、先代社長が亡くなり、会社は弁護士を雇って「5月末をもって事業所を閉鎖する」と一方的に言ってきました。その内容は、1ヵ月分の賃金保証以外何の保証もないというものでした。

そこで、私たちは14名で翌日「連帯労組」に加入。M生コン建設・M商事・M運輸のメンバーで統合分会として粘り強く会社側と交渉をくり返しながら自活闘争を続けました。

約1年後、事業所の再開こそできませんでしたが、勝利解決を果たしました。そのなかでM生コン社のシェアを旧神明協に認めさせ、3名がI生コン社に就職し、3名が日々雇用として組合に残りました。

その後、私は日々雇用を続けながら組合活動を行ってきましたが、2007年11月にS運輸に就職することができました。

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 しかし、2011年には出荷の低迷により事業は縮小。ワーカーズユニオンを立ち上げ、SM運送グループを中心に日々雇用で就労してきました。

 その後、2016年4月H生コンのグループ会社であるH運輸㈱に労使協議のうえ合意し、旧S運輸の私を含む5名の就職が実現しました。

 このH運輸は、これまでの会社経営の概念を変え、あくまでも運営主体は労働者であり、労働組合員の運営する会社として立ち上がりました。そのためやりがいもあり、労働者の目指す「生きがい」「働きがい」が兵湊運輸の目指す企業理念です。

 これからも、日々雇用労働者の正規雇用の受け皿として頑張ります。

  【 くさり3月号より 】

 

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