沖縄問題
米軍ヘリの窓が校庭に落ちてきた普天間第二小学校に「やらせだ」「仕方ないだろう」「後から学校を造ったくせに文句を言うな」「沖縄は基地で生活している」。などと、中傷・揶揄する電話が30件以上寄せられました。
これは、沖縄の長い苦難の歩みと、いま直面する厳しい現実への理解を欠いた、あるまじき言動です。事実を正しく把握しないまま、学校側をののしるものに、強い憤りを感じます。
昨年12月初め、ヘリの部品が園舎屋上で見つかった同じ宜野湾市の保育園にも「自作自演だ」などの攻撃が相次でいます。これは、米軍が自らの部品だと認めながら、「飛行中に落ちた可能性は低い」と発表してから始まったのです。
改めて確認しておきたいのですが、普天間飛行場は沖縄戦さなかの1945年、学校や住宅があった土地を米軍が強制的に接収して造成したものであり、戦後、収容所や避難先から戻ってきた住民は、その周辺で暮らすしかなかったのです。
再建された普天間小の児童増に伴い、第二小が69年に開校しました。この頃から本土に展開していたヘリ部隊が移ってきて、騒音、危険度とも激しさを増す状態となったのです。移転計画も一時浮上しましたが、市の面積の4分の1を米軍基地が占めていることから、適当な用地がなく、地価の高騰もあって断念したという経緯があるのです。
また、県民総所得に占める基地関連収入の割合は、わずか5%に過ぎず、基地が沖縄の経済発展の足かせになっていることは、数々のデータが裏づけています。
中傷電話が無知と偏見によるものであるのは明らかです。日々の騒音や墜落への恐怖に加え、心ない日本国民から「二次被害」まで受ける沖縄県民。あまりに理不尽な仕打ちではないでしょうか。
今回だけではなく、オスプレイの配備撤回を求めて沖縄の全市町村長らが東京・銀座をデモ行進したとき、「売国奴」との罵声が飛んだり、ヘリパッド建設工事に抗議する住民を、大阪府警の機動隊員は「土人」とさげずむなど、沖縄差別というべき振る舞いが後を絶たちません。
2013年、防衛政務官が沖縄の基地負担は重くない旨のうその数字を流す。2015年は、自民党若手議員の会合で、普天間飛行場の成立過程について間違った発言がまかり通る。2016年には、沖縄担当相が土人発言を批判せず、あいまいな態度をとる。
このような状態が続いているのに、本土の政治家らの認識と対応には、嘆かわしいとの言葉しかありません。誹謗中傷を許さず、正しい情報を発信して偏見の除去に努めるのは、政治を担う者として、政府・与党の重い責任であることを肝に銘じるべきです。
私たちは、この沖縄の状態に問題意識を持ち、沖縄の実態を暴露し、沖縄と連帯して闘うことが求められています。沖縄の基地撤去闘争と日米安保条約破棄の運動を強化して挑むことが重要です。段であるはずの経済活動が目的となっている現状を打破することが必要です。
【 記事:武谷書記次長 】